清姫の話。【舞うは恨み】白拍子花子について

白拍子花子と火を噴く清姫その他の人物
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澄姫です。

皆さんは歌舞伎の道成寺物をご覧になった事はあるでしょうか。

僕は『奴道成寺』『男女道成寺』『幽玄』を歌舞伎座で、『京鹿子娘五人道成寺』をシネマ歌舞伎で、『京鹿子娘道成寺』『京鹿子娘二人道成寺』をDVDで見ました。計六作品ですが、それぞれに特色があって面白く素晴らしい物でした。

僕の観劇についての話はさておき、これら歌舞伎『道成寺物』の中心人物となるのが今日お話しするこの人物。
清姫の怨霊こと、白拍子花子さんです。

白拍子花子

白拍子のお話

先ず白拍子についてお話ししましょう。
しらびょうし、と読みます。

白拍子というのは舞の一つであり、同時にその舞を演じた舞女の事を表します。

平安時代末期から室町時代にかけて行われたそうで、能楽等にも影響を与えました。
烏帽子や鞘巻を身に付けて踊ったので『男舞』とも呼ばれたそうです。謂わば男装で踊った……宝塚歌劇団みたいなものでしょうか違いますね。

ばぐ
ばぐ

なるほどなんでしょうか

ちなみに男の白拍子も居たとかなんとか。男の男装とはこれ如何に。

ばぐ
ばぐ

雄々しい

有名どころでは源義経の愛妾、静御前でしょうか。
いずれにせよ、今の時代ではあまりピンとこない生業でしょう。

白拍子の花子

さて、道成寺物に登場する白拍子は白拍子花子、と呼ばれます。

防犯アラームを鳴らそうとする清姫

この白拍子花子さん、『道成寺物』が舞踊系であり、白拍子の舞を取り入れている面からもなぜそもそも白拍子さんが出てくるのははいいとして、元々は違う名前でした。

『京鹿子娘道成寺』の時にちょっと触れましたが、元々は平家物語の「滝口横笛伝説」と重ね合わせられていたので横笛という名前でした。

そこから白拍子九重・連理・采女・桜木・娘お光・お清・お露と名前がどんどん変わります。
初めて白拍子花子の名前が出たのは1793年の『吾嬬鳥娘道成寺』で、以降この名前に集約されていったみたいですね。

ばぐ
ばぐ

アズマドリムスメドウジョウジ

なお、白拍子さんが清姫の怨霊だったのだという衝撃の真実は1759年の人形浄瑠璃『日高川入相花王』の設定で後になってから歌舞伎にも取り入れられたそう。

このころの芸能作品は互いに影響を与え合っていたので、浄瑠璃で生まれた作品がその年のうちに歌舞伎になった、というのもざらにあった話です。歌舞伎はあっちこっちから着想を得たり輸入したりしましたからね。

ちなみに、白拍子花子さんのそっくりさんに白拍子桜子さんという人が居ます。この人の中身は狂言師左近さんだとかなんとか。

白拍子花子の舞は少女の貞操を成して居ながら美しく、軽快でありながら積み重ねられてきた重みもあります。彼女の舞を、是非一見御覧じろ、御照覧あれ。

今回はここ迄。御読み頂きありがとう御座いました。
ではまた次回も……清姫の話をするとしよう。